keikoasai’s diary

全ての感情は生きてるが故

126日目

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今日は、山形県県民の森へ。

久しぶりに1日晴れたね。青空と、風と、緑が気持ちよかった。

 

父もがんばって歩いた!

『いやー今日がんばって歩いたなー。自信ついたなー。』

って言ってた。こっちも嬉しくなるね。

 

二頭の蝶がずっと父の周りを飛んでいた。

蚊にも好かれ蝶にも好かれ、虫に好かれる人だなぁ。

 

その後はお決まりの畑へGO!

今日は収穫も手伝ってくれて、アクティブな1日だった。

 

母が入院してから、父につらく当たってしまうことが多く、自己嫌悪の毎日。

言っては反省、言っては反省の繰り返し。

何が一番辛いかって、認知症の人に対してこういう接し方をしちゃいけないと頭ではわかっているのに、できないこと。

そして「またやってしまったなぁ。どうしてしちゃいけないことをしてしまうんだろう。」と自分を責めること。

父の立場になって考えると悲しくなるし、自分の立場でも悲しいし。

 

やっぱり知識だけ頭に入っていても、父その人を受け入れないと難しいんだなって思った。

認知症の患者さんとずっと接する中で、対応できていたのは、何ていうか、今のその人しか知らないし、症状もその人の一部と受け入れられていたから。

 

でも父は違った。

本人が一番つらいのなんてわかっている。葛藤や不安も手に取るようにわかる。

自信を失っていっているのがわかる。

「だめだなぁ」「ひとっつもわかんない」ってよく言う。

 

そういう気持ちに寄り添ってあげたいのに、わたしは、むしろそういうのを見たり聞いたりすると悲しくなるし、イライラする。

自信を失っていく父を見るととても悲しいし、「そんなこと言わないで!」って拒絶したくなる。

「大丈夫だ。あれもこれもできてるじゃん。」て言えても、でもやっぱり、どうしようもないくらい切ない。

まだまだ元気で、笑っていてほしいから。わたしのこと、まだ忘れないでいてほしいから。

 

本当に、これは、理屈じゃないんだなって思った。

でもゆくゆくはきっと受け入れられていくのだろう。

そのための移行期というか、ここを通らずには先に進めないんだろうな。